一瞬先の未来のために

楽しさだけでは生きられない

苦しかったときの話をしようか

本の紹介

苦しかったときの話をしようか

著者はUSJを窮地から立て直したという,森岡毅さん.恥ずかしながら,この本を同期に紹介してもらうまで存じ上げていなかったが,バイタリティに満ちたとんでもない方であるというのは間違いない.そして読後に感じる,森岡さんのシワの重み.あのシワの一部に,どれほどの苦労があったか,その片鱗を感じ取れるはずである.(実は,タイトルのような苦労話自体は書籍の本質ではないので,ここには紹介しません.ただ平凡で退屈な苦労話とはレベルが違う&面白いので,一読をオススメします)

社会という砂漠を生きる

ついこの間,大学に入ったかと思えば,もう卒業ですか.必死に勉強して入学したのに,休む間もなく,次のことを考えなくちゃいけないなんてね,どういうシステムなんですか

これは伊坂幸太郎『砂漠』で西嶋が漏らすセリフで,大学生の頃に読んで共感し,ずっと覚えている.浪人を経た反動もあって「ずっと勉強してきたんだ!大学こそ遊ばなくてどうする!ウェーイ!」という,もはや強迫観念に近い気持ちで遊ぶことばかり考えていた私にとって,都合よくこの言葉がマッチした.西嶋のニュアンスとは少し違う気もするが,ほとんど何も準備をしないまま,今見えてる狭い世界の中で就職先という「選択」を迫られ,その延長線上を生きている.ただひらすら最終的に行き着く先もわからない「砂漠」を歩いている.

しかし,この本の著者である森岡毅さんは,我が子に向けて訴える.
君は高く飛べる!
君の宝物を磨け!
君の刃を研げ!
君はきっと大丈夫!
そんなエールと共に,この社会の本質構造に言及し,いわば砂漠の地図を与えてくれる.地図を示して,この先はこんな風になっている,こんなことに気を付けろと,教えてくれる.その上で,本当に目指すべき先は「自分で決めなさい」と言う.そして,自分で決めるためには,自分に向き合うことが重要であると.

やりたいことがわからなくなる「構造」

人間社会の根源にあるものとは「欲」である,と森岡さんは言う.欲,つまり,より快適に便利に暮らしたいという意思のベクトルが本質だとすると,それを実現するために人々に競争させ,怠惰や停滞を許さず,生き残るために常に進歩と努力を強いる構造になっている.それが「資本主義」である.(考察:最近はより耳触りの良い「持続可能な社会」が登場した).欲という本質にマッチする資本主義の構造は,人間が平等ではないという周知の事実と組み合わせて,やや残酷的表現で言えば,以下のようなことに繋がる.

  • 人は生まれながらに平等ではない
  • しかもそれは「知力」に直結する
  • 一方で,能力の差によって経済格差が生まれることを認め,頑張った人が報われることを「公平」としている
  • 無知であることと愚かであることには罰金を科すシステムになっている
  • サラリーマンを働かせて,資本家が儲けている
  • サラリーマンができるだけ多くなり,資本家にとって都合の良いこの事実に気づかれないように,サラリーマン・パースペクティブという「美徳」を育む教育システムになっている

たしかに,資本主義というものの本質を意識することなく生きてきた私は,まあそういうものかあ〜(ほじほじ)と,今考えるとアホ丸出しだったのではないかと怖くなる.やりたいこと,というのも,なんとなく得意な科目があって,なんとなく偏差値という軸の中で戦ってきて,なんとなく面白そうな分野を選んできた.幸せな状態に向かうには必要なルートであるとなんとなく信じてきた.努力すれば報われるはずなんだ!と.
しかしそれは「自分が本当にやりたいこと」をぼやけさせている.いまやっていることが本当に得意なことなのか?小さな頃から持っている「宝物」を磨いてきたのか?この資本主義社会によって「最適化」された価値観ではないか?私は本当に自由だったのか?と,大量の疑問がのしかかる.そしてある思いに至る.
今の私に,「これなら勝てる」とか「これが強みだ」と言い切れる切り札がまるで無いぞ.ああ,どうしましょう.

じぶんが磨くべき「宝物」を見つける

この世の中の本質と構造を理解した上で,「それでも私の幸福は,定年まで働き,それなりに稼いで,身近な人とずっと一緒にいられれば良し」と腹をくくることは,立派な人生と言えるだろうし,そう容易いものでもないと思う.だからそこにターゲットを絞って生きよう,と結論づけようとする自分もいる.ただ,ふとしたときに考える.世の中を自分の力で変えてみたい!そういう漠然とした意思を,小さな頃からあった気持ちを,無視していいのか?世の中がそうなっているのなら,その中で足掻くよりも,それを利用してやろうじゃあないか!ぶちあがってやろうじゃないか!人生は1回きりだ!
ただ,そうは言っても,目立った武器もないし戦略もない.サラリーマン・パースペクティブの中で生きてきた私は,まわりと同じ標準装備だ.まわりと同じように立ち回った結果は,まわりと同じになるだけだ.そうじゃない.
まずは自分を正しく知ることだ.まずは自分の中で相対的に秀でていることを考える.それを戦略の中心とする.だから必要なのは,日本の教育システムにはほとんどない,自分と向き合う時間だ.Self-awarenessというらしい.おお,英語だ.英語というだけで,やった方が良い気がしてくる.(なんか煽っているみたいになってきた)

まず,重要な前提条件がある.

強みは必ず好きなことの中にある

言われてみれば当たり前なのに,こう言われてハッとしているということは,きっと好きなことができていないのだろうなと思ってしまう.ただ仕事にもいろんな側面があるので,ゼロイチで判断する必要はなく,必ず今の仕事にも好きだと言える要素があるはずだ.(そうじゃなければはやく辞めればいい.わかったか俺よ)

Step1:最初に,自分が好きである/好きだったと言えることを,動詞ベースで100個書き出す

ということなので,書き出してみた.ただ,ここにそのまま100個並べるほど暇じゃない(大嘘).いや,実際これは「長時間寝ること」という目も当てられないような間抜けなものが割と序盤に食い込んできて恥ずかしいので,割愛させていただきたい.兎にも角にも,最低100個というのはなかなか難しかった.

Step2:それらをT(Thinking/思考属性),C(Communication/コミュニケーション属性),L(Leadership/リーダー属性),それ以外に分類する

なんとか書き出した100個を分類すると,T:C:L=4:3:3という具合だった.これがどこに分類されるのか,という判断も難しいが,それぞれの例はこんな感じ.

  • Thinking
    • 計算して答えを求めること
    • 新しいことを知ること
    • 論理的な文章を考えること
  • Communication
    • ボードゲームをすること(戦略を考えることが好きなら,たぶんT)
    • 友達と喫茶店で駄弁ること
    • きれいな女性と話すこと(どうやって仲良くなるかを考えるのが好きなら,たぶんT)
  • Leadership
    • 目標を定めて挑戦すること
    • 人を引っ張っていくこと
    • 何かを達成すること

言われてみればこれも好きだなあ,なんて思うことがあって,正直どれくらい当てになるのかわからないが,自分にとってTが最も高い,というのは納得がいく.就活のときにやっていた「自己分析」というのもこの類のものであろう.そして,これを把握した上で,向いている職種についても記載されていたが,いまの研究職がTであるということなので,そういう点では間違った選択をしていないということが判った.

Step3:その職能を磨く

あとはひたすら経験と努力を積むのだ,というStep3の登場である.森岡さん曰く,Step2というのは日本人が最も苦手,というより時間をかけずに済んでいたことであるという.Self-awarenessが低くても歯車として機能していれば十分な生活ができていた昔の日本では良かったが,今は違う.しかしSelf-awarenessが低い親は,Self-awarenessが低い子しか育てることができないという悪循環もあって,時代にそぐわない「サラリーマン・パースペクティブ」は継続してしまう.それはサラリーマンである親の人生を否定するということでは当然ないが,広い視野で戦略的にキャリアを積んだ場合とそうでない場合では結果に差が出ることは当然だろう.
一方で,勤勉さ,ということについては,日本人の最大の強みであるという.精神論という今でこそ忌み嫌われ始めたものであるが,それを武器にしない限り,Self-awarenessに投資してきた欧米に勝つことは難しいのである.

”勤勉さ”こそが日本人の最大の強みなのに,猛烈に働かなくてどうするのだ

スパルタである.働き方改革が単に「労働時間を減らそう」という方向にしかならない実態を考えると,非常に居心地が悪いであろう,この言葉.上層部に言われた部下がTwitterで晒し上げてしまいそうな言葉だ.
日本人,という一括りの表現についてはさておき,個人的には,能力で足りない分を補う手段は「時間をかける」とか「助けてもらう」とか「やり方を変える」とか様々あると思うが,人それぞれ持っている天秤は違うので,自分が選択しても良い手段をそれぞれ選べば良いのだと思う.ただそのような努力をせずに,欧米のIT企業を例に挙げて体裁から「それっぽく」仕事をしたい,とか, WhyやWhatをスキップしてHowばかりを非難するような風潮は全く本質的ではないと,いまの職場にいて感じることである.(高温注意)
「猛烈に」というのが何を指すのかはわからないが,プライベートを犠牲にしてまでひたすら時間をかけなければならないときはあるだろう.ただ,それが「自分のため」だと思えるなら喜んでやれば良いだろうし,「会社のため」であるなら一回立ち止まって考えることが必要かもしれない.

所感

ここでの要約はごく一部にすぎない.ただ人生における仕事の捉え方や情熱の傾け方などを,一度俯瞰して考えてみるのに本書は非常に有効な手助けになる.私の「影響を受けやすい」という特性を差し引いたとしても,仕事に刺激を感じず,長期的な目標を見据えてぶちあがっていきたいという意思が少しでもある人なら,必ずモチベーションが高められるはずだ.
「無知であることと愚かであることには罰金を科すシステム」に対して,この構造自体の変革行動を起こすか,構造を理解した上で立ち回るか.その先には常に自分の理想の状態があるように,時間をかけて目標を定めていきたいと思った.そうだなあ,30歳になるまでには.